パワハラ時代を思い出す不愉快さ
マーケ用語として理解していても、教育って言葉が上からに感じてしまう部分もありました。意味合いとしては価値観の共有という感じ強いかなぁと思います。なのでかたこりくんの仲間づくりという表現、すごくしっくりきます☺️✨
ひろみさーーーん✨
ありがとうございます!
『価値観の共有』ていいですね🥰押し付け感が強く聞こえる人は、「なぜわからない、言う通りにしない?」のような怒りの感情が混じっていることがあると思いますが…仲間に怒らないです。ましてやお客さんにも怒らないです🥹
支配欲のつよい、相手をコントロールしたがる人が「教育」を勘違いして使う場合がありますよね🥺
かたこりくんの体験はまさにそれだと感じました。
教育の再認識をしつつ、自分もそうならないように襟を正していきます✨
「教育」という言葉にまとわりつく、あの妙な圧力感の正体がよく見えました。
支配は相手を動かすための言葉で、教育は相手と場を守るための言葉。
この線引きがとても大事ですね。
発信も同じで、遠慮しすぎると何も届かず、強すぎると押しつけになる。
その間にある“ちゃんと伝える”という姿勢に、いちばん誠実さが出るのだと感じました。
共感と共有を押しつけるじゃなくて伝える。この差て大きいですよね。難しいのが、教える側にそのつもりが無くても聞き手側がパワーを感じたら押し付けと言われる時代になってる気もします。コマッタモンデス…
たしかに、その差はとても大きいですね。
伝える側に押しつける意図がなくても、受け取る側が圧を感じた瞬間に、言葉の重さが変わってしまう。そこは今の時代、かなり繊細になっている部分だと感じます。
だからこそ、正しさをそのまま渡すのではなく、相手が自分で持てる大きさにして差し出すことが大事なのだと思います。
教える、伝える、共有する。どれも似ていますが、そこに相手の余白を残せるかどうかで、印象はかなり変わりますね。
コマッタモンデス…と言いつつ、そこを意識できる人の言葉は、やはり届き方が違う気がします。
自分は「教育」ってのは単純に「教えてあげる」っていうニュアンスで使ってますかね?
自分が持ってることで得してるOR損しないっていう知識やスキルを教えてあげたら、みんな変に損しなくていいんじゃね?的な。
教育=洗脳にならないように意識してるのと、明らかにそう先導してる意見には反論反証していきた感じですね(^_^;)
なるほど!教育て言葉だと“強さ“を感じることが多々ありますが、求めてる人に教えるていうスタンスのほうが、信頼や共感につながるかもしれませんね✨
>求めてる人に教えるていうスタンス
これですね、記事書くときには「これ知ったら助かる人いるやろな~」って思いながら書いてます(・∀・)
わかります。安易にフォロワーを教育して…みたいな使い方されるとん?てなりますし。
別の言い回しだと、それも、関係値作りや信頼作りの一つですね。
言い方と意味て大事ですよね!共感や共有を得るためじゃなくて、本気で「教育」を行なっている人もいると思いますが、秘密にしておきましょ🫣
おっしゃる通り、使う文脈で違和感がある言葉ですね
私
「 顧客に刺さる言葉 」→刺されたくない
「 見込み客を刈り取る 」→刈り取られたくない
「 顧客を囲い込む(会員化) 」→囲い込まれたくない
ので、
コンサル時代もクライアントや部下に使いませんでした
例文ありがとうございます。「刈り取る」て字で書くとよけいに強く感じますね!
とっても優しい方なんだろうなと思いながら「ゴリラさん」ていう矛盾を抱えながら返信コメントを書いています🫣
めっちゃ共感しました。苦手なほうの教育のイメージは今でもあります。
共感ありがとうございます🙇♂️✨
ずっと前から気になっていたことを書いてみました🥹
うーん。お金の匂いがプンプンする人たちの言う「教育」は「洗脳」に聞こえてしまうんですよね(苦笑)
僕はいい意味で「啓蒙」していけたらと思っています😌
かたこりくん、過去のつらいご経験と率直な思いの吐露、ありがとうございます。「教育=支配」という違和感、痛いほどわかります。
日頃、相手の言葉や背景をジャッジせずにありのまま受け止める「聴く姿勢」を大切にしているのですが、だからこそ「自分の意見を強く言う=押し付け(支配)になるのでは」と怖くなる感覚、私にもすごく身に覚えがあります。でも、西野さんのエピソードにあるように、相手や周りのためを思って言葉を届けることは、決して支配ではなく「誠意」であり「仲間づくり」ですよね。過去の痛みを乗り越え、恐れずに伝えていくというスタンスの変化に、とても勇気をもらいました!
マーケ用語として理解していても、教育って言葉が上からに感じてしまう部分もありました。意味合いとしては価値観の共有という感じ強いかなぁと思います。なのでかたこりくんの仲間づくりという表現、すごくしっくりきます☺️✨
ひろみさーーーん✨
ありがとうございます!
『価値観の共有』ていいですね🥰押し付け感が強く聞こえる人は、「なぜわからない、言う通りにしない?」のような怒りの感情が混じっていることがあると思いますが…仲間に怒らないです。ましてやお客さんにも怒らないです🥹
支配欲のつよい、相手をコントロールしたがる人が「教育」を勘違いして使う場合がありますよね🥺
かたこりくんの体験はまさにそれだと感じました。
教育の再認識をしつつ、自分もそうならないように襟を正していきます✨
「教育」という言葉にまとわりつく、あの妙な圧力感の正体がよく見えました。
支配は相手を動かすための言葉で、教育は相手と場を守るための言葉。
この線引きがとても大事ですね。
発信も同じで、遠慮しすぎると何も届かず、強すぎると押しつけになる。
その間にある“ちゃんと伝える”という姿勢に、いちばん誠実さが出るのだと感じました。
共感と共有を押しつけるじゃなくて伝える。この差て大きいですよね。難しいのが、教える側にそのつもりが無くても聞き手側がパワーを感じたら押し付けと言われる時代になってる気もします。コマッタモンデス…
たしかに、その差はとても大きいですね。
伝える側に押しつける意図がなくても、受け取る側が圧を感じた瞬間に、言葉の重さが変わってしまう。そこは今の時代、かなり繊細になっている部分だと感じます。
だからこそ、正しさをそのまま渡すのではなく、相手が自分で持てる大きさにして差し出すことが大事なのだと思います。
教える、伝える、共有する。どれも似ていますが、そこに相手の余白を残せるかどうかで、印象はかなり変わりますね。
コマッタモンデス…と言いつつ、そこを意識できる人の言葉は、やはり届き方が違う気がします。
自分は「教育」ってのは単純に「教えてあげる」っていうニュアンスで使ってますかね?
自分が持ってることで得してるOR損しないっていう知識やスキルを教えてあげたら、みんな変に損しなくていいんじゃね?的な。
教育=洗脳にならないように意識してるのと、明らかにそう先導してる意見には反論反証していきた感じですね(^_^;)
なるほど!教育て言葉だと“強さ“を感じることが多々ありますが、求めてる人に教えるていうスタンスのほうが、信頼や共感につながるかもしれませんね✨
>求めてる人に教えるていうスタンス
これですね、記事書くときには「これ知ったら助かる人いるやろな~」って思いながら書いてます(・∀・)
わかります。安易にフォロワーを教育して…みたいな使い方されるとん?てなりますし。
別の言い回しだと、それも、関係値作りや信頼作りの一つですね。
言い方と意味て大事ですよね!共感や共有を得るためじゃなくて、本気で「教育」を行なっている人もいると思いますが、秘密にしておきましょ🫣
おっしゃる通り、使う文脈で違和感がある言葉ですね
私
「 顧客に刺さる言葉 」→刺されたくない
「 見込み客を刈り取る 」→刈り取られたくない
「 顧客を囲い込む(会員化) 」→囲い込まれたくない
ので、
コンサル時代もクライアントや部下に使いませんでした
例文ありがとうございます。「刈り取る」て字で書くとよけいに強く感じますね!
とっても優しい方なんだろうなと思いながら「ゴリラさん」ていう矛盾を抱えながら返信コメントを書いています🫣
めっちゃ共感しました。苦手なほうの教育のイメージは今でもあります。
共感ありがとうございます🙇♂️✨
ずっと前から気になっていたことを書いてみました🥹
うーん。お金の匂いがプンプンする人たちの言う「教育」は「洗脳」に聞こえてしまうんですよね(苦笑)
僕はいい意味で「啓蒙」していけたらと思っています😌
かたこりくん、過去のつらいご経験と率直な思いの吐露、ありがとうございます。「教育=支配」という違和感、痛いほどわかります。
日頃、相手の言葉や背景をジャッジせずにありのまま受け止める「聴く姿勢」を大切にしているのですが、だからこそ「自分の意見を強く言う=押し付け(支配)になるのでは」と怖くなる感覚、私にもすごく身に覚えがあります。でも、西野さんのエピソードにあるように、相手や周りのためを思って言葉を届けることは、決して支配ではなく「誠意」であり「仲間づくり」ですよね。過去の痛みを乗り越え、恐れずに伝えていくというスタンスの変化に、とても勇気をもらいました!